各地のうどん

うどん=西日本、そば=東日本という図式が一般に広く流布しているが、これはかならずしも正確ではない。東日本でも、うどんどころとして知られている地域は多い。

実際、江戸時代の江戸の市中においても、うどんは一般に普及していた。特に江戸前期にはまだ麺類としてのそば(そば切り)が成立しておらず、そばがきとして食べられていたことから、麺類としてはうどんに人気があったようである。しかし、のちに麺類としてのそばが成立・普及したこと、またそばとそば屋が独自の文化を育む母体となっていったことなどにより、うどんは江戸における麺類の主流としての地位をそばに取って代わられる。

現在、東京周辺、関西ともにうどんの専門店はそれほど多くない。東京のみならず、関西でも「そば屋」を称してうどんとそばの両方を供する店が多いが、関西ではうどんを注文する客のほうが多く、そば屋を称しても実際には「うどん屋」と呼ばれることが多い。一方、そばの専門店は東京には数多く存在するが、関西では比較的珍しい。

関東地方でも東京都多摩地区(東村山市など)、山梨県、埼玉県西部・北部、群馬県などでは、そばよりもうどんを中心としている店が珍しくない。これらの地域では二毛作による小麦栽培が盛んで、うどんは日常的な食事だったのである。

2000年代以降、讃岐うどん風のうどんを供するチェーン店が関東・関西ともに増加した時期があったが、2004年頃からはやや下火になりつつある。なお、讃岐うどんの本場である香川ではうどんの専門店が多く、そばとうどん両方を供している店は少ない。